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忍び猟における「運」とは?
忍び猟では「運」が大きく影響します。しかし、「運が良ければ獲れる」「運が悪いと獲れない」と単純に片付けるのは適切ではありません。狩猟における「運」とは、準備を万全に整えた上でなお残る不確定要素のこと。つまり、狩猟の成功を左右するのは運だけではなく、経験や判断、猟場の選び方も大きな要素となります。
例えば、初心者がいきなり獲物を仕留めるビギナーズラックがある一方で、経験豊富なベテランでもまったく獲れない日がある。僕自身も「今日はツイてないな」と思うことはあるけども、単純に「獲れた・獲れなかった」という結果だけで運を語るのは正しくないとも思っています。では、忍び猟における「運」とは一体何なのか?
「運が良い」「運が悪い」と感じる瞬間
忍び猟において運を感じる場面を細かく分類すると、僕にとって最も大きいのは「獲物との出会い」です。振り返ってみると「運が良い」と思うより、「運がなかった」と感じることのほうが多いのですが、獲れたときは実力、獲れなかったら運がなかったと都合の良い言い訳にしているわけではないのです。時間や気象条件を考慮して猟場を選び、遭遇確率を高める努力はしています。それでも、出会えるかどうかには偏りが生じるものです。
僕の場合、猟場では「だいたいこの辺りにいるだろう」とエリアを絞り込んで歩きます。しかし、実際には想定より手前で遭遇したり、木が邪魔で発見できなかったり、距離が遠すぎたりと、どうにもならない状況が多々あります。そんなとき、「運がなかった」と感じます。
逆に「運が良い」と思うのは、例えば地形や環境を完全に把握していない猟場で偶然獲物を得たときでしょうか。前回の広島での猟もそうです。
特にイノシシの場合、寝屋の場所がある程度掴めていても居場所の特定が難しい上に、近くに居てもやり過ごすのが上手だったりと、出会えたときは「運が良かった」と感じます。
つまり、おおよそ獲物がいる場所が分かっていても、最終的に獲物をスコープで捉えることができるかどうかは「運」による部分が大きい。薄々わかってはいたけれどそれを認めちゃうと、自分がやってきたことが無駄だったようで……なんて落ち込むこともなく、むしろもっと色んな経験を積みたいと前向きに考えるられるようになったのです。
では獲物との出会いの運。それを高めるのに必要なことってなんでしょうか。
獲物の数と獲物の質
単純な話ですが、獲物の数が多ければ、当然ながら遭遇する確率も上がります。同じ県内でも地域によって生息数もバラつきがあるので、良い猟場を知っていることはとても大事です。獲物に出会う運というか、猟をする大前提の話です。
そして「獲物の質」とは、個体ごとの性格や経験、警戒心の強さを指します。いわゆるスレ具合。山奥にいる人慣れしてない個体や、まだ経験の浅い若い個体は、比較的警戒心が薄いことがあるように思います。猟期始めはシカもイノシシも油断しているのか、猟期終わり頃に比べると断然出会いやすい印象です。過去の経験からですが、イノシシは学習能力が高いからか、一度撃たれた(当たらなくても)場所にはあまり近寄らないと思っています。「どれだけ狩猟圧がかかっているか」も重要です。
猟場の環境
地形や植生も忍び猟に影響します。急斜面は体力を消耗し、集中力が低下しがちです。藪が生い茂る場所では視界が悪く、落葉の多いような場所だと音も出やすいので難易度が上がります。反対に、平坦で見通しの良い場所では、静かに歩くことに集中できてやり易さはありますが、見通しの良さから獣にも気取られやすく、動きに注意が必要になります。
猟場の状況
時間帯や天候も重要な要素です。例えば、強風の日は環境音が大きくなり、獲物の気配を察知しづらくなります。しかし、シカは風の当たらないような場所に留まっていることもあり、そういう場所を見つけられれば出会いのチャンスが高まります。また、日没間際は獲物の活動が活発になる上に、若干警戒心も下がるので出会う確率も高まります(獲った後の撤収が大変ですが……)。状況に応じた対策を講じることで、出会いの運を高めることができます。
忍び猟の技術
ぶっちゃけると、そんなにテクニックがなくても足を使えばある程度獲れるもんです。猟を始めた頃は獲れない日の方が多く、悔しい思いも沢山しました。「ある程度」を超えようとするならば、忍び足や痕跡を追う技術が求められてくるのでしょう。
痕跡を追うと言っても、当地のような固い地面に落ち葉だらけの環境では生の足跡を追うことは至難の業です。よく使っていそうな獣道や、糞が落ちている場所などを記憶に留めておき、当たりをつけて行動するのも追跡術の一つだと思っています。
僕は獲物に出来るだけ近寄ることを目標にしているので、忍び足は大事なスキルです。むしろこのスキルを磨くために山に通ってるまであります。忍び猟はお散歩猟だと揶揄されることもありますが、猟のスタイルは猟場ごとに異なり、正解は一つではありません。
経験と運
今期、僕の目の前でも「不運」としか言いようのない出来事がありました。
今期からデビューした新人ハンターの友人と一緒に出猟したときのことです。僕が前を歩き、彼が後ろからついてくる形で猟場を慎重に進んでいると、前方20mほど先に棒立ちのシカを発見しました。遮蔽物もなく、バイタルゾーンもはっきりと見えている。絶好のチャンス。
僕はすぐに小声で「撃て、撃て」と囁きながら、彼の後ろへ回りました。彼も慌てずに銃を構え、狙いを定めてゆっくりと引き金を引いた……その瞬間、「カチン」という乾いた音が響きました。まさかの不発です。
しばらく息を殺して様子を見ていましたが、シカはまだ動いていません。彼は若干焦りながらも慎重に再装填し、再びスコープを覗きました。しかし、そのときにはもう音もなく姿を消してしまったのです。
射撃場に熱心に通い練習していたのにも関わらず、このタイミングで起きた初の不発です。これ以上ない好機を逃したショックは計り知れなかったはず。僕も思わず「なんて運の悪い……」と呟いてしまいましたが、まだ猟は続きます。
数時間後の再チャンスと、さらなる不運
数時間後僕たちはお気に入りの場所へ。経験上、シカと遭遇する可能性が高いエリアです。慎重に進んでいると、再びシカが現れました。しかも、向こうから僕たちのほうへと歩いてきたのです。
距離はわずか十数メートル。複数人で歩いていて、これほど近い距離で無警戒のシカと遭遇することはなかなかありません。僕はゆっくりと振り返り、友人の方を見ると、彼はすでに銃を構えて狙いを定めています。
僕は念のためシカの首に照準を合わせ、もしものときはアシストするつもりで待機していました。しかし、なぜか彼はなかなか撃たない。シカは落ち葉を探るように地面をあさりながら、少しずつこちらへと近づいてきます。
「まだか……、まだか?」 速くなる鼓動。
シカが顔を上げ、まっすぐこちらを見ました。スコープ越しに目が合った瞬間、僕の脳裏に先ほどの 「カチン」という音 がよぎります。
その一瞬の迷いが僕に引金を引かせてしまいました。
銃声が山に響き、シカがその場に倒れたのと同時に、後ろからもう一頭逃げて行くのが見えました。
直後、 「なんで撃たなかったの!」 と、つい感情的になってしまい声を荒げてしまいましたが、それ以上に僕はもう一度チャンスを掴んでほしくて、彼を促して前進させたのですが……。一人で解体の準備をしていると、彼が向かった方からシカがトコトコと僕の目の前を駆け抜けて行きました。
しばらくして戻ってきた彼に話を聞くと、狙っていたシカは後ろにいた、逃げた方のシカでした。最初は先頭のシカを狙っていましたが、途中で木に隠れてしまい、視界から消えてしまった。そこで後ろのシカに狙いを変えましたが、そちらもまた木の陰に入ってしまい、一瞬の判断が遅れてしまった。
そして、再び彼が照準を合わせ、引き金を引こうとしたその瞬間、僕の銃が火を吹いたのだそうです。
そのシカは、僕からは完全に死角に入っていて、確認できていませんでした。

僕は苦笑しながら 「山の神様が『お前にゃまだ早い』って言っているんだよ」 と冗談めかして言いました。彼も苦笑いしていましたが、内心では悔しかったことでしょう。
しかし、この出来事を振り返ると 「運が悪かった」 と片付けるのは簡単ですが、それだけではないとも思います。
彼の銃は、静かに装填すると弾の収まりにわずかに隙間ができ、撃針が完全に届かず不発を起こすことがある、と聞いたことがあります。
もし彼が事前にこの問題を知っていれば、若しくは僕が思い出して伝えていれば、このミスは防げた可能性があります。
また、二度目のチャンスでも、もう少し早く撃っていたら、あるいは体をわずかに動かして撃ちやすい位置を確保していたら、結果は変わっていたかもしれません。もう少し注意深く歩いていれば三度目のチャンスがあったかもしれない。
初心者にそこまで求めるのは酷ですが、経験や技術が不足していることが「運が悪い」と感じる原因になっているのかもしれないと、改めて思いました。
「運」は上げることができるのか?
忍び猟における「運」とは、やるべきことをやった上での 不確定要素 だと考えます。以前は「獲物との出会いは技術でなんとかなる」と思っていましたが、結局は運の要素も大きいと認めたことで、気持ちが楽になりました。
例えば、雨の日の猟は避けていましたが、「出猟しなければチャンスすらない」 と考えを改め、積極的に出る気になりました。また、単に「今日はダメだった」と諦めるのではなく、「なぜ獲物に出会えなかったのか?」 を深く考えるようになりました。結果、猟場の使い方が多様化し、チャンスが増えたと感じます。
「最後は運」と割り切ることで、むしろ自己分析や反省が深まり、忍び猟の解像度が上がったように感じます。以前はがむしゃらに「次へ、次へ」と焦る気持ちが強かったのですが、心に余裕を持って挑めるようになりました。
「運が悪かった」と嘆くだけで終わるか、それを次に活かせるか。
彼にとって今回の出来事が「ただの不運」ではなく、次につながる経験になってくれればいいと思います。猟での成功には最終的に運が必要です。しかし、その運を掴むチャンスを増やすことは、経験や技術を積むことで可能になるのです。
試行回数を増やし、経験を積む
忍び猟だけに限らず、狩猟の成功には「運」が必要です。しかし、その「運」を引き寄せる準備は自分次第。試行回数を増やし、経験を積み、適切な判断を下せば、運を味方につけることができます。狩猟とは、単に獲物を仕留める行為ではなく、自然と向き合い、学び続ける営みなのです。